曇り空だった

novel By pegasasudon

「課長、ありがとうございました。」
「ほんとに思っているのかね」
「最後まで信じてくれないんですね最低です。・・・これ。」

ずっと前から桜が咲ききゅうりが生り葉が老いて、雪が降った。
それを感じる私たちの気持ちは大方変わらないとしても
時代の移り変わりによって、羽が生えるとかじゃないけど、進化してきた。
その進化のギャップが新しい流れが生み出す対立が、ここ埼玉営業所内で起こっていた。

2015年、新入社員は決まって気持ちの良い挨拶をしてくれた。
彼一人を除いて。

「こんちわー」

けしからんにもほどがある。昨今話題になっているゆとりというのはこの男のことか。
ならばなおさらけしからん。怒りではない。指導だ。彼のためだ。

「ちょっと君。挨拶がなっとらんね。もっと気持ちよい挨拶を心がけてくれるとこの営業所内も気持ちよくなってくれるのだがな。」

「そうしたら時給あがるんですか?」
「なっ!?」

最悪も最悪だった。その彼が私直属の部下になり、私のグループは破滅寸前に追いやられたが、破滅しなかったのは、仕事ができたからだ。協調性がなく、失礼な発言ばかりなのは相変わらずだが、好奇心に優れ、それとなく紳士的な行動のできる男ではあった。

「おい。」
「はい。」
「彼の件なんだが」
「彼・・?ですか。っと言いますと」
「ほら、君の部下の彼だよ。君もはじめ散々文句を垂れていたじゃないか。」
「あぁ・・・」
「その彼だが、他営業所の上役を怒らせてしまってね。内容を聞くと彼が一方的に悪いわけではないのだが、やはり口の悪さがここにきて災いしてね。このまま置いていても、またこのような事態を引き起こす可能性は大いにある。だからそのあれだ。彼には私から言っておくから、引継ぎ等よろしくお願いするよ。」
「クビということですか?」
「そうだ。」
「ま、待ってください。あの男はあぁですが、というかあぁですが、まだ若いですし、どうにかなります!私がどうにかします!どうかクビだけは!」
「上からの命令だ。もう一度言うよ。引継ぎ等よろしくお願いするね。」

 

自分でもわからなかった。嫌いな男をかばうなど。

 

 

「これって・・。何かね。」
「何って、一応世話になったんでね。課長の悪口をまとめた悪口状ですよ」
「なっ、ふざけるな!!」
営業所内の末端まで響くような大声をだしたのは初めてだった。少しは認め始めたこの男を。なぜかばったのか分かりかけていたところで、裏切られた気がして、その悪口状を破った。
「・・・あーあ。まっ、さよならっす。」
「早くでていけ!」
「ほいほーい。恵美ちゃんまたねー。」
そうして薄気味悪い笑顔を浮かべたまま男は出て行ったきり二度と戻ってくることはなかった。

 

 

私はいま、あの男に会いたくて仕方がない。いや、いつか会わなければいけないと思っている。どうせ会ったところでまた喧嘩が始まるのだろうが、会って言わなければいけない言葉がある。
あの日、初めて営業所内の末端まで聞こえるような大声を出したあの日。彼の悪口状とやらを見ると、感謝状と書いてあった。そうして、また営業所内で初めての涙を流したのだった。
「うぅ・・・・・・こちらこそ、感謝させてくれよ、ありがとう。」


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